長崎地方裁判所 昭和26年(行)5号 判決
原告 九州塗装株式会社
被告 佐世保税務署長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十六年二月二十八日附法人税課税標準通知書で原告会社に対してした、昭和二十三年四月一日から同二十四年三月三十一日に至る事業年度における原告会社の法人税に対する法人税法第四十三条による追徴税額を金八十万四千二百五十円とする旨の追徴税賦課処分は、無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立て、その請求原因として、原告は、佐世保市に本店を有し、一般塗装作業及び塗料の製造加工販売並びにこれに附帯する業務を営む資本金百万円の株式会社で定款により毎年四月一日から翌年三月三十一日までを一事業年度として決算を行つているものであるが、昭和二十三年四月一日から翌二十四年三月三十一日に至る事業年度における確定した決算に基き、右事業年度の所得を金百五十四万九千九百二十一円十八銭として、昭和二十四年五月三十一日法人税法による法人の課税標準額を管轄税務署長である被告に申告し、同年七月十一日右申告に記載された所得に対する所定の法人税金七十三万一千三百円を納付した。ところが、その後に至り、原告会社は、第一、親和銀行本店に無記名定期預金四百七十万円、十八銀行佐世保支店に定期預金二万四千六百九十円を有するにもかゝわらず、これを会社の帳簿及び貸借対照表に記載せず、第二、当座預金が、親和銀行本店に金二百五万七千三百七十四円九十二銭、十八銀行佐世保支店に金十一万三千九百二十五円九十一銭あつたにもかゝわらず、これを会社の帳簿及び貸借対照表には金百五十九万二千五百七十円十八銭と虚偽の記載をし、第三、昭和二十五年五月その所有の土地十一坪六合を訴外林田敏章所有の土地五坪六合と交換し、その差金として、金一万三千八百円を受領したにもかゝわらず、その利益金一万八百円を会社の帳簿及び貸借対照表に記載せず、いずれもこれを秘匿して決算に計上申告しなかつたことを発見され、以上の所為は、法人税逋脱の意図に出たものとして、長崎地方検察庁に告発され、同庁は、これに基き、昭和二十五年一月七日原告会社及び同会社の代表者明石恒一を夫々不正の行為により右事業年度間法人税金二百九十二万二千八百二十一円を免れたものとし、法人税法第四十八条、第五十一条違反として起訴し、その事件は、長崎地方裁判所で審理の結果、同年七月十一日有罪として原告会社を罰金百五十万円、同会社代表者明石を罰金十万円に処する旨の刑の言渡をし、これに対して、原告等から控訴した結果、福岡高等裁判所で審理の上、同二十六年三月二日原判決を取り消し、いずれも有罪として、原告会社を罰金五十万円、明石を罰金十万円に処する旨の刑の言渡をし、右判決は、確定した。ところが、これより先、前示第一乃至第三の事実が発覚すると、被告は、これに対する長崎地方検察庁の起訴事実及びこの事実に基く裁判所の裁判における認定事実を顧慮することなく、これらと異なる自己独自の見解により、原告会社の申告における脱漏額を認定して、その前示事業年度における法人の課税標準を普通所得金九百七十五万五千百九十円、超過所得金九百五十五万四千四百三十三円、資本金百万円と夫々更正決定し、同時にこれに対する法人税法第四十三条による追徴税額百十四万五百円と決定した上、昭和二十五年七月十八日その旨原告に通知した。そこで、原告会社は、これを不服として、同年九月二日政府に対し、審査の請求をしたところ、同二十六年二月二十八日附で被告から、前示被告の決定を訂正して、普通所得金七百三十万九千百五十七円、超過所得金七百十万四千四百円、資本金百万円、法人税法第四十二条による加算税金八十万四千二百五十円、同法第四十三条による追徴税金八十万四千二百五十円と決定した旨の通知を受けた。原告会社としては、右訂正決定中その他の部分については異議がないので、その決定に基く相当税金を納付したのであるが、追徴税の賦課処分は、次の理由により、無効であると信ずるものである。すなわち、(一)本件追徴税賦課処分の準拠法規は、昭和二十二年法律第二十八号法人税法(以下法その以前の法人税法を旧法、現行法人税を現行法と略称する)であるが、法第四十三条によりいわゆる追徴税を賦課すべき場合は、同条第一項によると、法第二十六条第二項の規定による法人税の納付があつた場合の外、同法第三十三条の規定による追徴税額に相当する法人税(いわゆる不足税)を徴収することになつた場合であり、そうして、法第三十三条の規定によりいわゆる不足税を徴収すべき場合は、同条によると、法第二十九条乃至第三十一条の規定により、納税義務者の申告した課税標準が政府において調査したものと異なる場合及び納税義務者が法人税を課すべき所得又は資本なしとして申告書を提出せず又はその旨の申告書を提出した場合に、政府において調査した結果これありと認められた場合である。そうして、法第二十九条による更正は、税務官吏の「調査により」その独自の見解によつて行われるものであり、これに対して納税義務者は、法第三十六条以下の規定により不服を申し立てることができるものである。本件も亦、原告が申告した課税標準が、政府において調査したものと異なる場合であるから、一般的意味において法第二十九条により更正を行い、法第三十三条により不足税を徴収すべき場合に含まれ、同条により追徴税の賦課されるべき場合であるかのように一応考えられるけれども、法第四十三条にいわゆる「第一項の場合」とは、法人が、詐欺その他不正の行為により法人税を免れ、脱税としてその代表者その他の者が刑罰に処せられた場合を指摘し、法第二十九条、第三十三条に該当しないものと解するのが相当である。何となれば、若しも法第四十八条第三項が法第二十九条、第三十三条に該当するものとすると、今日までの法令の規定の形式からして、「第一項の場合においては、政府は直ちに、第三十三条により課税標準の更正又は決定をなし、その税金を徴収する」というように、特に「第三十三条による」という更正又は決定の根拠法条を明規するのが慣例であるにもかゝわらず、法第四十八条第三項にこの形式がとられていないのは、同項の更正及び決定の場合は、法第三十三条の場合と異なるものとする理論的区別を意識しての上であると考えるべきであるばかりでなく、脱税として裁判により刑罰が科せられた場合には、その裁判の認定した脱税の額は、裁判所の「権威ある認定」として凡ての関係において服従されなければならないものであることは、一切の行政処分が行政事件として裁判所の判断を受けるものとされた新憲法の下では疑う余地のない論であり、そうだとすると、この場合の裁判所の裁判における脱税額その他の認定に対して、税務官吏がその独自の調査により異なつた認定を行うことは許されず、又納税義務者の側でも、再度この認定を不服として争うことも許されないものとされなければならないのに引き換え、法第二十九条による更正は、税務官吏の「調査により」その独自の見解によつて行われ、これに対して、納税義務者は、法第三十六条以下の規定により不服を申し立てることができることは、前に述べたとおりであるから、脱税として法第四十八条第一項により裁判所の刑事裁判のあつた事件については、税務官吏は、独自の調査によることなく、その裁判に認定するところに従つて課税標準を更正することを要し、この更正に対して納税義務者には、法第三十六条以下の不服の方法が許されないという意味において、法第二十九条における更正規定の外に、特別の更正規定として、法第四十八条第三項の規定が設けられたものと解するのが正当だからである。すなわち、法第四十八条第一項の規定する脱税の場合は、一般的意味では法第二十九条の場合に含まれるのであるが、これが脱税として法第四十八条第一項により処罰されたときは、特殊の場合として、法第二十九条による更正又は決定並びに徴収を行うことなく、国税犯則取締法第十二条の二によつて告発し、これに対する裁判の確定を待つて、法第四十八条第三項により更正又は決定並びに徴収を行うべきで、法第二十九条による更正又は決定と本質的に異なるのである。従つて、本件のように脱税として刑罰に処せられ、その裁判の確定した事件については、被告は、独自の調査によることなく、法第四十八条第三項により、その裁判の認定したところに従つて課税標準を更正し、その不足の税金だけを徴収すべきものであるのに、被告が法第四十三条によるいわゆる追徴税を賦課したのは、法条の根拠を欠く違法の課税である。そもそも、専制政治に対する人民の自由の保障として、専制君主と自由民との抗争の対象とされ、憲法争議の中心をなしたものは、人身の自由を制限する刑罰権と財産の自由を制限する課税権とであつた。憲法第三十条に「国民は法律に定めるところにより納税の義務を負う」とあるのは、「国民は法律によるに非ざれば租税その他の負担を強制されることがない」とのことが、今日では既に自明の理として憲法第二十九条第一項の中に当然包含される公理になつていることを逆に立証するものとも考えるべきで、法律によらなければ刑罰に科せられることがなく、刑罰法令は拡張解釈を許さないという罪刑法定主義の原理とともに、租税を賦課するには法律の根拠がなければならず、租税賦課の根拠である法は、拡張解釈を許さないという原則は、人民自由の歴史が確立した原理原則である。ところで、法人税法についての陳述のような解釈は、法の些末の字句の用法その他について、多少の疑義を挾む余地がないでもないけれども、これ等の点は、終戦による混乱動揺の内に根本的に変革される新税制に対する理解の徹底しない間に早急に行われたことによる立法上の不備欠陥に起因するものであつて、その後逐次修正して現行法に至つては、その制度を根本的に変更したが、その根本の精神において全く前示主張の立論の基本と大略一致するものになつている。そうだとすると、本件当時現行の法において多少の法規の字句の疑点等があるとしても、これ等の点を精神解釈によつて修正し、前示のような税法上の大原則に則つて、形式上の課税根拠法を欠く本件追徴税の賦課を無効と解するのが至当である。仮にそうでないとしても、(二)法による改正前の時代における脱税に対する制裁は、罰金又は科料の額が「逋脱した税金額の若干倍と定められ」、「数学的に一定され」裁判官に量刑の権限が与えられない(旧法第七十四条)等その他の点から、名は刑事罰と称せられるけれども、その実質は行政罰と区別すべきでないといわれた。所得税法、法人税法が現行税法に改正されることになつて脱税に対する制裁は少しく趣を異にし、納税義務者又はその代表者に罰金の外に体刑を定め、且つその罰金も税額を標準とすることなく、裁判官の量刑を認めることになつた。こうして、現行税法は脱税を以て単純な行政犯でなくして、本質的な刑事犯と見る見解に進んで来たということができるようであるが、仮にこの新法の見解に従うとしても、一個の脱税行為に対して法律の定める刑罰の外に、行政罰その他何等の名義を以てするを問わず、国家の名でその権力を以て強制する制裁を加えることは、憲法第三十九条の規定に反するものとして許されないものというべきである。そうして、いわゆる追徴税は、現行法上いわゆる加算税であり、その性質において行政罰である。これが税と称せられるのは、唯その額が機械的に一定し量刑の問題が生じないために、その科刑手続を裁判官に行わせる代りに、税務官吏に行わせることにした制度の形式とこれを強制する方法として国税徴収の形をとらせることの便宜のためとによるのにすぎない。ところが、行政罰は、国家の命じた公法上の義務違反に対して科せられる制裁の一種であつて、他の行政法上の義務違反に対して科せられる制裁としての刑罰との間に本質的差異はない。すなわち、公法上の義務違反であつて、軽いものには単に行政罰が科せられるに止まるが、その重いものは、行政犯として刑罰が科せられ、更にその悪質なものは普通犯として一般犯罪理論によつて律せられるのであつて、一の公法上の義務違反行為が、その行為の悪性、反社会性の度に従つて単に行政罰を科せられるに止まるか、行政犯罪として刑罰が科せられるか、更に普通犯とされるかの差異を生ずるだけである。そうだとすると、一の法人の一の脱税行為が普通犯罪として刑罰を科せられるときは、これが刑罰を科せられない場合にこれに対して科せられる行政罰は、この刑罰に吸収されるべきものであつて、一の脱税行為に対し、一面においてこれを犯罪として刑罰を科すると同時に、他面においてこれに行政罰を科することは、憲法に違反し無効である。そこで、本件追徴税賦課処分の無効確認を求めるため、本訴に及んだ旨陳述した。
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、本件追徴税賦課処分を無効とする理由を除くその余の部分は全部これを認めるが、右賦課処分は、次の理由により適法有効である。すなわち、(一)若し、原告主張のように、法第四十八条第三項の「第一項の場合」を、確定判決を受けた場合を指称すると解釈し、なお同条第一項により確定判決を受けた以上、税務署長は、その確定判決の認定どおりに課税標準を更正しなければならないとするならば、税務署長が脱税事件を告発した場合は、その確定判決を受けるまで、法第二十九条乃至第三十一条の更正決定することができないことになり、又仮に確定判決前に更正決定をしていても、法第四十八条第三項により、裁判所の認定額に従い、再び更正決定をせねばならないことになるが、それでは、確定判決があるまでは、脱税額の徴収は延び延びになり、国家財政上妥当でないばかりでなく、審理中であるからという理由で、裁判所により税務署長の課税権が拘束を受けることになり不当である。何となれば、法文上斯様な拘束規定もないばかりでなく、行政事件訴訟特例法第十条によると、行政処分の取消変更の訴の提起があつたときでさえもその処分の執行は停止されないのであり、まして刑事々件として告発又は起訴されたからといつて、税務署長が脱税額を徴収することができなくなる筈がなく、又確定判決があつたからといつて、その認定額は、検察官が起訴した部分についてだけの認定であつて、当該被告人の脱税額全部の認定ではないのであるから、税務署長がその認定額に拘束されるべき筈がないからである。元来脱税事件において、脱税額の全部を起訴するか、或は一部だけを起訴するかは、証拠上或は刑事政策上の見地から検察官だけが決定することであつて、裁判所はその起訴された部分だけについて、有罪、無罪を決定するのである。そればかりでなく、仮に脱税額の全部を認定した刑事判決であつても、課税事実の認定は、行政庁の職権に属するもので、行政庁の課税権を拘束する力はない。(尤も行政事件訴訟特例法第一条による課税処分の取消変更請求事件等のような行政事件の確定判決については、同法第十二条により、その事件について、関係の行政庁を拘束するが、これは別個の問題である)これを要するに、課税要件と犯罪構成要件とは別個独立のものとして認識されるのであるから、税務署長において脱税の事実を認めた以上は、刑事判決の確定を待つことなく、直ちにその税金を徴収することができるのであり、又仮に確定判決があつても、その刑事判決における認定は、税務署長の課税行為を覊束するものではなく、納税義務者も亦、確定判決の有無を問わず、税務署長の処分に対し法第三十六条以下の不服の方法が許されるものと解すべきである。そうだとすると、法第四十八条第三項の規定による更正決定と、法第二十九条乃至第三十一条の規定による更正決定とは、本質的に異なる別個のものではなく、同一のものと見るべきであり、又法第四十八条第三項の「第一項の場合」とは、税務署長が調査の結果、脱税の事実が存在すると認定した場合を指称するものと解釈するのが正しく、法第四十八条第三項の規定の本来の趣旨は、同条第一項の詐偽その他不正の行為により法人税を免れたような悪質の者に対しては、「直ちに」法第二十九条乃至第三十一条の更正決定をした上、法第三十三条のような一月間の納期限を置かないで、「直ちに」その不足税額又は決定税額を徴収せよというのにある。すなわち、法第四十八条第三項の規定は、法第二十九条乃至第三十三条の規定に対する注意的規定であつて、法第四十八条第三項の更正決定と、法第二十九条乃至第三十一条の更正決定とは同じものであるが、唯脱税者に対しては、法第三十三条のような一月の納期限を置かないで、「直ちに」徴収できるという法第三十三条の納期限に対する注意的な例外規定である。このことは、本件当時施行されていた所得税法第六十九条第四項及び現行法人税法第四十八条第三項の同趣旨の規定において「課税標準を更正決定し」という字句を使つていないことからも推察することができるし、又法第四十八条第三項が、法第六章の「課税標準の更正及び決定」の部に規定してなく、第十章の「罰則」の部に規定してあることから見ても、詐偽その他の不正行為による脱税者のような悪質者に対しては、一般の納期限を認めないで、「直ちに」徴収するという制裁に重きを置いた趣旨の規定であることが判る。そうだとすると、税務署長が、脱税の事実が存在すると認定すれば、法第四十八条第三項により、「直ちに」法第二十九条乃至第三十一条の更正決定をした上、法第三十三条の一月の納期限を置かないで、その税金を徴収し、又法第四十三条により追徴税も徴収することができるのである。仮に、法第四十八条第三項の「第一項の場合」を確定判決を受けた場合と解釈しても、税務署長は、確定判決前に刑事裁判とは別個に、独自の立場で調査し、法第二十九条乃至第三十一条の更正決定をして脱税額を徴収することができるし、又法三十三条、第四十三条により追徴税も徴収することができるのであつて、(本件の場合は、正にこれに該当する)、たとえその後において法第二十九条乃至第三十一条の更正決定とは異なつた認定の確定判決があつても、税務署長はこの認定に拘束されないから、更に法第二十九条乃至第三十一条の更正決定を更正する必要はない。唯未だ法第二十九条乃至第三十一条の更正決定による税金を徴収していないときは、法第三十三条のような一月の納期限を置かないで、「直ちに」その税金を徴収することができるわけであり、又若し確定判決までに、税務署長が全然法第二十九条乃至第三十一条の更正決定もしていないければ、その時こそ税務署長は、「直ちに」独自の立場で法二十九条乃至第三十一条の更正決定をして、「直ちに」その税金を徴収すべきである。以上のような次第であるから、本件において被告が刑事々件とは別個に、独自の権限に基き、原告の所得を調査の上、法第二十九条の更正をし、法第三十三条、第四十三条により追徴税を賦課したことは、法令の根拠に基く課税処分であつて、何等違法の点はない。次に、(二) 原告主張の(二)の点について検討するのに、刑罰は反社会性をもつ行為に対して科せられるものであり、行政罰は反社会性のない単なる行政上の義務違反に対して科せられるもので、刑罰と行政罰とは、夫々その本質及び目的を異にするのであるから、両者は排他的なものでなく、両立し得るのであつて、刑罰が科せられたから、行政罰がこれに吸収されるというのは、行政罰の存在価値を理解しない誤つた議論である。又憲法第三十九条のいわゆる一事不再理の原則は、一の犯罪について、刑事上の処罰を受けた場合に、当該犯罪について、重ねて刑事上の処罰を受けることがないことを保証しているのに止まり、行政上の制裁と刑事上の処罰との関係を規定したものではない。換言すれば、刑罰と行政罰とを併科することを禁じたものではない。要するに、行政罰たる追徴税が、刑罰と実質的に異ならないという原告の主張は、追徴税の本質及び目的を見失つた議論というべきである。そもそも追徴税の制度が、我国の租税法中に採り入れられたのは、昭和二十一年の財産税法が最初であつて、その後、所得税法、法人税法、相続税法、取引高税法等を順次採用されるに至つたものである。すなわち、この制度は、申告納税制度を前提とするもので、従来の賦課徴収制度に代えて、申告納税制度が採用された税法の分野では、納税義務者自身が、租税債権を確定してこれを申告納税することを第一義的とし、税務官庁による更正又は決定は、第二義的になつたのであるから、納税義務の誠実な履行が要請され、それが申告納税制度の理想になつているのであるが、若し納税義務者が、法定の期限内に正当な申告をしない場合には、国の歳入の確保が期待されないばかりでなく、他の納税義務者との権衡を失することにもなるので、斯様な場合に対処して、期限後申告の場合には、申告税額の修正申告の場合には、修正により増加した税額の、又更正若くは決定の場合には、追徴税額の夫々二五%の制裁金を課する制度が存在するわけでり、これが法第四十三条の規定するところに外ならない。斯様に、追徴税は、申告納税義務違反に対する制裁であるから、法文上は税の形式を採つているが、その事実は行政罰と称して差し支えないのであるけれども、行政上の義務違反に対して科せられる罰金又は科料等のいわゆる行政刑罰ではなく、行政秩序罰(過料)の性質を有するものと称すべきである。すなわち、追徴税は、その実質においては過料であるが、過料の形式を採らないで、租税の形式で本税に附加して賦課徴収されるところに、その特色が存するということができる。又逆に税務官庁が租税の形式で賦課徴収する制裁金であるところに、その本質が刑罰ではなくして、広義の民事罰(狭義の民事罰手続、行政秩序罰を含む)の一種である過料の性質のものであることを表現しているともいうことができる。何となれば、刑罰体系に属する処分であるとすると、行政庁がこれを課するのは正当でないからである。このことは、次のように考えることによつて一層明白である。すなわち、一般私法上の債務の履行義務違反に対して民事罰の一種として違約金の定めがされると同様に、公法上の租税債務の履行義務違反に対しても制裁金の定めがあつて然るべきであり、この観念から、追徴税は、公法上の一種の違約金であると考えられる。「アメリカ」でも、追徴税は、民事罰と観念され、刑罰と併科が認められているが、これは追徴税の本質を右のように解する限り当然のことであると思われる。以上のように、追徴税は、その本質及び目的において刑罰とは異なるものであるから、追徴税と刑罰とを併科したからといつて、憲法第三十九条の一事不再理の原則に違反するものではない。同条には、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」とあり、又「アメリカ」合衆国憲法修正第五条に、「同一罪過について、再度生命身体の危殆に臨ましめられることはない」とあるのは、いずれも前述のように同一の犯罪に対する二重の刑罰を防止しようとしたものであつて、刑罰と、それと本質及び目的を異にする過料とに関するものではない。又このことは、例えば民事訴訟法及び刑事訴訟法によると、民事裁判及び刑事裁判で証人が正当な理由なくして出頭しなかつたり、証言を拒絶したりした場合等に、その証人に対し秩序罰である五千円以下の過料を科することができる規定(民事訴訟法第二百七十七条、第二百八十四条、刑事訴訟法第百五十条、第百六十条)があると同時に、又これと別個に刑罰たる五千円以下の罰金又は拘留を科することができる規定(民事訴訟法第二百七十七条の二、第二百八十四条、刑事訴訟法第百五十一条、第百六十一条)があるところから考えて見ても秩序罰と刑罰とはこれを併科することができることが判る。若し、原告主張のように、一の脱法行為に対して一度刑罰を科した以上、更にこれに行政罰を科することができないとすると、逆に納税者が追徴税を納付済であつた場合は、法第四十八条の科刑権が消滅するのであろうか、或は刑事訴訟法第三百三十七条により既に確定判決を経たものとして免訴の判決をせねばならないのであろうか、そうではなく、左様に解釈することは、余りに法を狭く解釈したものであつて妥当でない。従つて、脱税犯として有罪の判決を受けた原告が、更に本税に附加して追徴税を受けるとしても、その課税処分は、憲法に反する無効な処分であるということはできない。斯様な次第であるから、原告の本訴請求は失当として棄却されるべき旨陳述した。
三、理 由
本件追徴税賦課処分を無効とする理由を除くその余の原告主張事実は全部当事者間に争がない。そこで、右賦課処分が、果して原告主張のように違法無効のものであるかどうかについて考察するのに、先ずその主張の(一)の点であるが、法第四十八条第三項にいわゆる「第一項の場合」とは、法人が詐偽その他不正の行為により、法人税の全部若くは一部を免れた場合を指称することは明かであるけれども、斯様に不正行為による脱税があつたということができるためには、単にその嫌疑があるというだけでは足らず、斯様な事実の客観的な存在が認定されることを要するものというべきであり、この認定に基いてのみ、初めて刑罰を科することができることになるわけである。ところが、左様な事実の認定をすることができるのは、この場合、単に裁判所だけにすぎないこと勿論であるから、結局前示「第一項の場合」とは、裁判所により審理の結果不正行為により法人税を免れたものと認定された場合を指称することになり、しかもその認定は、確定判決により初めて動かすことができないものになるのであるから、前示第三項の法意は、裁判所の確定判決により、脱税事実が認定された場合に、徴税額は、その認定に基き、直ちに課税標準を更正若くは決定して、不足額を徴収するのを立前とするものと解するのが相当である。そうだとすると、徴税庁が課税標準を更正若くは決定するといつても法第四十八条第三項の場合に関する限り、それは徴税庁が裁判所の認定を離れて、徴税庁としての独自の立場から調査した上、その自由な判断に基き、更正若くは決定することを意味するものではなくして、専ら裁判所の認定に拘束されるものというべきである。若しそうでないとすると、徴税庁は、法第四十八条第一項所定の事犯の存在についての単なる嫌疑だけで、同条第三項の規定による即時課徴をすることができることを認めることになり、同条の精神に背馳するに至り、不都合だからである。尤も、それだからといつて、徴税庁は、法第四十八条第一項所定の事犯の客観的存在が裁判所の判決により認定され、且つその判決の確定するのを待たなければ、絶対に不足額の課税をすることができないものと解すべき何等の法律上の根拠もないのであるから、たとえ裁判所により斯様な認定のされない場合であつても、徴税庁は、自己の調査により、苟くも法第二十九条乃至第三十一条の一般規定に該当する事由が存在すると判断するときは、これ等の法条に従い、課税標準の更正若しくは決定をすることができるのは勿論、法第四十八条の規定に準拠すべき場合でも、苟くも裁判所の判決により、一と度同条所定の事犯が認定された以上は、敢えてその判決の確定を待つことを要しないで、徴税庁は、即時その認定に基き、同条第三項の規定による課税標準の更正若くは決定をすることもできるものというべきであり、唯この後の場合には、後日その認定と異なる確定判決による認定がされたときは、徴税庁は、当然後の認定に拘束され、これを基礎として、課税標準を更正しなければならないことになるだけである。
そうだとすると、法第四十八条第三項の規定による更正若くは決定は、まさに原告主張のように、徴税庁の調査権限が裁判所の認定に拘束される点において、法第二十九条乃至第三十一条の規定による更正若くは決定と相異するというべきではあるけれども、この点を除き、両者がいずれも徴税庁の行政処分であるという点に至つては、本質的に全然同一のものであることは言を待たないところであるから、法第四十八条第三項の規定による更正若くは決定には、それが法第二十九条乃至第三十一条の規定による更正若くは決定の特殊な一場合に属するものとして、その性質の許す限り、法第二十九条乃至第三十一条の規定を適用すべきものである。又これと同時に、法第四十八条第三項の規定による場合を除き、法第二十九条乃至第三十一条の規定により更正若くは決定をする一般の場合には、不足税額の納期限につき、相当の猶予を置く必要があるので、法第三十三条の規定により、納税義務者に対し、更正若くは決定の通知をした日から一月後を納期限としたのであるが、法第四十八条第一項の詐偽その他の不正の行為により法人税を免れたような悪質の者に対しては、斯様な猶予をする必要は少しもないので、「直ちに」課税標準の更正若くは決定をした上、法第三十三条のような納期限を置かないで、「直ちに」その不足税額を徴収せよというのが法第四十八条第三項の規定の本来の趣旨であるから、同条項も、法第三十三条の納期限に対する注意的な例外規定であつて、その特殊な一場合にすぎないものと解すべきである。だから、法第四十八条第一項の場合には、要するに税務署長は、同条第三項により、「直ちに」法第二十九条乃至第三十一条の規定による課税標準と更正若くは決定した上、法第三十二条により納税義務者に通知し、法第三十三条の一月の納期限を置かないで、直ちに不足税額を徴収すべきであり、且つその結果として、法第四十二条、第四十三条の諸規定が当然この場合にも適用されることになり、税務署長は、これ等の条項の定めるところにより、加算税及び追徴税を徴収することができるものといわなければならない。このことは、若しも法第四十八条第三項の規定の趣旨を原告主張のように、法第二十九条と全然本質を異にする特別の規定であると解釈すると、本件のように、法第二十六条第二項所定の場合に該当しない場合には、法第四十二条所定の加算税が単に納税義務の不履行に因る遅延損害金たる性質を有するものたるにすぎないにもかゝわらず、ついに斯様な加算税までも附加徴収する道がないことになり、一般の滞納者に比して、悪質の脱税者を厚く遇するという不都合を生ずることによつても、亦極めて明かである。従つて、原告主張の(一)の点は、全然理由がない。
次に、原告主張の(二)の点の当否については、成程法第四十三条所定の追徴税が一種の制裁たる性質を有することは原告所論のとおりであるが、憲法第三十九条は、如何なる場合においても二重の制裁を科することを禁止したものではなくして、唯同一の犯罪に対する二重の科刑を防止しようとするにすぎないことは、その規定自体に徴して明かである。では、追徴税は一体どんな性質及び目的を有する制裁であるかというのに、それは、終戦後我国の租税法中に採り入れられた申告納税制度を前提とするものであり、この制度の下では、納税義務者自身が租税債務を確定して、これを申告納税することを第一義的とし、徴税庁による更正若くは決定を第二義的とする関係上、若しも納税義務者が誠実に申告納税をしないならば、国の歳入の確保は期待されず、又他の納税義務者との権衡を失することになるので、納税義務者に対しては、法定の期限内に正当な申告をすべき義務が負わされ、この義務の違反に対する制裁が課せられざるを得ないのであつて、この制裁がすなわち追徴税に外ならないのである。しかも、それはいわゆる行政刑罰とも異なり、裁判所より刑事訴訟手続に従つて科せられることなく、徴税庁により租税法上の手続に従つて、租税の形式で賦課徴収される点に特徴があり、この点で、広義の民事罰の一種に属し、恰も一般私法上の義務違反に対して、当事者間に往々違約損害金の定めがされるのと同様に、公法上の租税義務違反に対して法により課せられる公法上の一種の違約損害金であるともいうことができその性質及び目的において、刑罰と著しくその性質を異にするものと解するのが相当である。そればかりでなく、法が、一方その第四十三条で、申告義務違反に対して追徴税を賦課し、他方、第四十八条第一、二項で、詐偽その他の不正行為による脱税の行為に対して刑罰を以て臨むことにした所以のものは、或る行為が法第四十三条所定の単純な申告義務違反に止まるときは、これに対する制裁として同条所定の追徴税を賦課すれば充分であるが、当該行為が、更に法第四十八条第一項所定の脱税事犯の要件をも具備するときには、単に追徴税の賦課だけでは足らず、これに加えて法の意図する目的を達成するため、更に同条第一、二項所定の刑罰をも併科しようとするのにあるのであつて、このことは、法が特にこれ等の条項を併置していること及び各条項の律意から考えて、少しも疑を容れないところであり、恰も或る犯罪に対し、二個以上の刑罰を決定して内一個を選択科刑すべきことゝしながら、情状によつては、これ等二個以上の刑罰を併科することを認めるのとその趣を異にしないのである。従つて、法第四十八条第一項所定の脱税行為が、他面法第四十三条所定の申告義務違反をも内包する場合には、前者に対し、法第四十八条第一、二項所定の刑罰を科すると同時に、後者に対し、法第四十三条所定の追徴税を賦課することができるものというべきであり、たとえ斯様に科刑と並んで、追徴税を賦課したとしても、夫は決して憲法第三十九条にいわゆる同一の犯罪に対して二重の科刑をすることにはならないと解するのが、前示法意に適合するものというべきである。若しそうでないとすると、初め法第四十三条所定の申告義務違反があるとして、これに対し、追徴税を賦課したところ、その後に至り、納税義務者の行為が単に申告義務違反たるに止まらないで、法第四十八条第一項所定の脱税行為の要件を具備することが発覚した場合にも、同条第一、二項所定の刑罰を科することができず、却つて、悪質脱税者を見逃がさなければならないという不当な結果に陥るからである。以上の次第だから、原告主張の(二)の点も亦全然理由がない。
果してそうだとすると、被告の本件追徴税賦課処分は適法有効であり、これが無効確認を求める原告の本訴請求は、所詮失当として排斥を免れないから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 林善助 厚地政信 吉江清景)